京都地方裁判所 昭和47年(ワ)839号 判決 1974年7月12日
原告
山田理治
原告
山本恵
原告ら訴訟代理人
崎間昌一郎
外三名
被告
京都府
代表者知事
蜷川虎三
訴訟代理人
香山仙太郎
外一名
主文
被告は原告山田理治に対し金三五万円と、うち金三〇万円に対する昭和四七年九月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被告は原告山本恵に対し金四五万円と、うち金四〇万円に対する同日から支払いずみまで同割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その余を被告の、各負担とする。
この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができ、被告は、原告らに対し各金三〇万円あての担保を供して仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
被告は原告らに対し各金一〇五万円あてと、うち金五〇万円に対する昭和四七年九月一日から、うち金五〇万円に対する昭和四九年四月二〇日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決と第一項について仮執行の宣言言。
二 被告府
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第二 当事者の事実上の主張
一 請求の原因事実
(一) 原告らに対する警察官の暴行と写真撮影
(1) 原告らは、昭和四七年三月一日午前九時五分ころ、京都大学体育館前で開かれる「京都大学機動隊導入抗議集会」に参加するため、訴外棚木俊一らと、京都市左京区泉殿町五〇番地先路上を南に向つて歩いていた。
(2) 私服警察官二名と機動隊員一〇数名は、「おい待て」と叫びながら北側から追つてきて、所携のジュラルミン製楯で原告らをそこの訴外杉本三和三方の石塀に押しつけるようにして包囲し、私服警察官は、原告らに対し、「何処へ行くのだ。」「袋の中味は何だ。」何をしているのか。」などと威丈高な態度で職務質問をしてきた。またこの私服警察官はその同意を得ないでいきなり原告らが所持していた三個の紙袋を奪い、その中味(ヘルメットなど在中)を路上に散乱させて調べたうえ、機動隊員に命じて原告らの身体検査をさせた。
(3) 原告山本恵は、これに抗議して右私服警察官と押問答を繰り返していたが、この時別の私服警察官訴外吉野哲哉が、原告らと一緒にいた訴外浜中正夫を別の場所へ引つ張つて行こうとしたので、同原告が、「ばらばらになるな。」「職務質問を受ける道理はない。」と叫んだところ、いきなり前記私服警察官某から胸元をつかまれ、あごを数回手拳で殴りつけられた(以下第一の暴行という)。
そのころ、約一五名の新たな機動隊員が現場に到着した。
(4) 原告山本恵に暴行を加えた右私服警察官某は、さらに、機動隊員に同原告の写真撮影を命じた。同原告は、顔をそむけてこれを拒否しようとしたが、数名の機動隊員に胸元をつかまれ髪の毛を引つ張られ、殴る蹴るなどの暴行を加えられ(以下第二の暴行という)、無理やりにかなりの枚数の顔写真を撮影された。
(5) 原告山本恵は、このような暴行や写真撮影に強く抗議したが、新たに到着した機動隊員の指揮官と思われる警察官は、「何だ。お前は。」と同原告の胸元を殴りつけたりつかまえたりするなどして極めて威嚇的な職務質問をし、さらに「お前らには肖像権はない」と言いながら突き飛ばした(以下第三の暴行という。)。同原告は、その無法さに「そんなにどつきたかつたらもつとどついてみろ。」と抗議したところ、同警察官は、さらに同原告の左頬骨あたりを力一杯殴りつけた(以下第四の暴行という)。
(6) 原告山田理治は、機動隊員がさらに原告山本恵を写真撮影しようとしたので、たまりかねてその写真機のレンズを手でさえぎろうとしたが、機動隊員の一人から突き飛ばされ前記杉本三和三方の石塀に強くたたきつけられた(以下第五の暴行という)。
(7) 原告ら六名は、その後機動隊員らによつて別々に引き離されて職務質問を受けたが、この際にも原告山本恵は、近くからあるいは遠くから顔写真や全身写真を撮影され、原告山田理治は約八枚の写真を撮影された。原告らは、この写真撮影に同意したことはなかつた。
(8) 以上のような警察官らの暴行、写真撮影、不当な職務質問は、原告らが弁護士に電話連絡するまで約二〇分間続いた。
(二) 責任原因
警察官らは、原告らを職務質問するについて当初からその要件を欠く違法職務質問をし、またその方法も警察官職務執行法二条を逸脱して暴行を加え強制力を行使し、違法に原告らの身体の自由を拘束した。また、何らの理由がないのに暴力的、威嚇的な方法で本件写真撮影行為をして原告らの肖像権を侵害した。
前記警察官らは、いずれも被告府の公権力の行使にあたる公務員であるから、被告府は、国家賠償法一条一項によつて原告らの被つた損害を賠償する責任がある。
(三) 損害
(1) 慰藉料 各金一〇〇万円
原告らは、前記警察官らの違法な職務質問やその間の度重なる暴行により肉体的にも精神的にも多大の苦痛を被り、また写真撮影によりその肖像権を侵害され精神的苦痛を受けた。このような原告らの神精的苦痛を慰藉するには各金一〇〇万円が相当である。
(2) 弁護士費用 各金五万円
原告らは、本件原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、その報酬として各金五万円を支払うことを約束した。
(四) 結論
原告らは、被告府に対し各金一〇五万円あてと、うち金五〇万円に対する本件訴状が被告府に送達された日の翌日である昭和四七年九月一日から、うち金五〇万円に対する昭和四九年四月一九日付準備書面が被告府に送達された日の翌日である同月二〇日から、各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因事実に対する認否
(一) 請求の原因事実中(一)の事実のうち、原告らがその主張の日時に主張の場所を歩いていたこと(ただし、時間は午前九時一二、三分ころであり、原告らの人数は男六名、女一名の計七名である)。私服警察官二名(吉野哲哉、北野友之)とジユラルミン製楯を携帯した機動隊員らが、原告らを呼び止めて職務質問をしたこと(ただし機動隊員の人数は六名である)。私服警察官が、原告らの所持していた紙袋を調査したこと(ただし、同私服警察官は吉野哲哉である)、私服警察官が、浜中正夫を職務質問したこと(ただしその私服警察官は北野友之である)、新たに警察官一六名が、本件職務質問の現場に到着したこと(ただしこの警察官らは採証検挙隊員である)、右警察官らが原告山本恵と思われる男の写真を数枚撮影したこと、以上のことは認め、その余の事実はすべて否認する。
(二) 同(二)の事実のうち、前記警察官らが、被告府の公権力の行使に当る公務員であることは認め、その余の主張は争う。
(三) 同(三)の損害額を争う。
三 被告府の主張
警察官らの本件職務質問は、警察法二法、警察官職務執行法二条にもとづく適正妥当なもので、警察官らが、原告らに暴行や強制力を加えたことは全くない。仮に、原告らに対する職務質問が、取り囲むような形になつたとしても、その現場がコンクリート塀のある幅約2.5メートルの狭路であつたという事情を考慮すれば許容される範囲のものである。また本件写真撮影行為は、原告らにより公務執行妨害の行為がまさに行なわれようとしていたので、証拠保全の必要から許容される方法でされたもので違法性はない。警察官らには原告ら個人の肖像権を侵害する故意または過失が全くなかつた。
第三 証拠<略>
理由
一原告ら主張の本件請求の原因事実中(一)の事実のうち、原告らが、その主張の日時に主張の場所を歩いていたこと、私服警察官二名とジュラルミン製楯を携帯した機動隊員らが原告らを呼び止めて職務質問をしたこと、私服警察官が原告らの所持していた紙袋を調査したこと、私服警察官が訴外浜中正夫を職務質問したこと、新たに警察官が本件職務質問の現場に到着したこと、警察官が原告山本恵の写真を数枚撮影したこと、以上のことは当事者間に争いがない。
二<証拠>を総合すると次のことが認められ、この認定に反する<証拠>は採用しないし、ほかにこの認定に反する証拠はない。
(一) 京都大学当局は、昭和四七年度の入学試験を行うため、昭和四七年二月二九日(以下単に月日を書いたときは同年をさす)、同大学の建物を封鎖、占拠中の同大学学費値上全学斗争委員会連合(以下全斗連という)の学生らに対し、退去命令を告示すると共に、当局の行う封鎖解除や入試準備、試験執行に際して、これらの学生が、過激な行動に出ることを予想し、京都府警察本部に警察官による学内立入警戒措置の要請をした。
同警察本部は、三月一日午前六時、警備本部を開設し、機動隊員ら警察官を同大学周辺に配置し、さらに管内に大学のある市内の警察署には、他大学の学生による入試妨害行動の支援動向を注視させるなどの警戒体制を整えた。京都大学当局は、同日午前六時五〇分ころから、府警機動隊の警戒するなかで同大学建物の封鎖を解除し、ひきつづいて試験場として整備する作業をしていた。一方、全斗連の学生らは、同日午前九時一五分、立入禁止区域外の京都大学西部構内で機動隊導入抗議集会の開催を予定していた。
(二) 原告山田理治は滋賀大学経済学部の学生であり、同山本恵は立命館大学法学部の学生であるが、原告らは、いずれも学生である訴外江口和憲、同棚木俊一、同浜中正夫、同尾流真弓、同南安治とともに全斗連主催の前記機動隊導入抗議集会に参加するため、三月一日午前八時三〇分ころ、同志社大学学生会館べ平連ボツクスに集合し、京都大学西部構内に向けて出発した。
原告山田理治、江口和憲、棚木俊一の三名は、それぞれ紙袋(約三〇ないし五〇センチメートル四方)を所持していたが、この中には、各二ないし三個のヘルメットとタオル、ビラなどが入つているだけで、火炎びんや石、手製爆弾などの凶器類は入つていなかつた。また原告らの服袋は、通常の大学生の服装と特に異なるわけではなく、その着衣などに刀剣類などの凶器を隠し持つてはいなかつたし、また外見上それを疑わせるような様子はなかつた。
(三) 一方訴外吉野哲哉、同北野友之の私服警察官は、その所属する中立売警察署長から同志社大学周辺を拠点とする、いわゆる反代々木系の学生らが、全斗連の封鎖解除の妨害活動を支援する可能性があるから、これら学生の不穏な動向の視察警戒にあたるよう指示を受け、三月一日午前八時ころから、捜査用自動車に乗り同志社大学周辺をパトロールしながら学生の動向を視察していた。この間同警察官らは、警備本部から京都大学の封鎖解除は一応抵抗もなく終了したが、学生らは、同大学西部構内に集結し、抗議集会を開催する見通しが強いこと、西部構内は立入禁止区域外とされており集会自体は違法でないが、学生らが竹竿、石、火炎びん、手製爆弾などの凶器を集会に持ち込み、これを使用して警備中の警察官を襲撃するなど過激な行動に出る可能性があること、従つて視察警戒員は、学生の動向を十分警戒し職務質問などでこのような危険を未然に防止すること、以上のことを内容とする無線連絡指示を受けていた。
同警察官らは、同日午前八時四〇分ころ、前記学生会館から原告ら学生集団が出てくるのを目撃した。
(四) 原告らは、当初、烏丸通りへ出るつもりであつたが、同方向に吉野哲哉ら私服警察官の乗車した捜査用自動車を認め、これを避けるため室町通りに出た。モーターバイクで先行した南安治を除いた原告らを含む残り六名は、一団となつて室町通りを南下し、今出川通りから東行市電に乗り込み京都大学に向つた。
(五) 吉野哲哉らは、原告らが出てきた同志社大学学生会館別館は、学生らの自主管理下にあり反代々木系学生らの拠点と考えられていたこと、原告ら学生集団の中に二月一日の同志社大学封鎖解除の際に公務執行妨害、凶器準備集合罪で検挙されたことがあり、反代々木系学生と目される浜中正夫や、警察官の方で見覚えのある学生運動のリーダーらしい学生が認められたこと、原告ら学生集団のうち三名が、ところどころが突張り、重そうな三個の紙袋を所持し、しかも吉野哲哉らが警戒する烏丸通りを意識的に避けて室町通りに入つたことなどの状況から、原告らが石、火炎びん、手製爆弾などの凶器を携行して前記抗議集会に参加する疑いがあるものと判断し、警備本部に不審学生発見と無線連絡をしたのち、原告らの尾行を開始した。
(六) 原告らは、乗車した市電の中で、吉野哲哉らに尾行されていることに気づき、さらに関田町電停付近で市電の中から多数の機動隊員が進路前方の百万辺付近の路上に警戒警備しているのを認めた。そこで原告らは、機動隊との接触や、吉野哲哉らの尾行を避けるために関田町電停で下車し、令出川通り北側の歩道に渡り、一旦東行した後引き返し、関田町交差点の北西方向に斡めに伸びいる小路に入り二、三〇メートル進んで左折して南行し、再び今出川通りに出た。そこから原告らは、北側歩道を少し東行したところで、横断歩道を南側歩道に渡り、南方向にのびる通りに入つて南行しながら本件職務質問現場まで歩いて行つた。
(七) 一方、吉野哲哉らは原告らが機動隊との接触や、吉野哲哉らの尾行を避けるため右往左往している状況から、原告らが凶器を携帯して京都大学西部構内に行くものと確信し、原告らがそこに到着するまでに機動隊の応援を求めて職務質問を開始するのが適当であると判断し、この旨を警備本部に無線連絡した。そうして、吉野哲哉は、北野友之に継続視察を指示した上で捜査用自動車から下車し、当時付近を警戒警備していた機動第三大隊第五中隊第二小隊第二分隊の応援を求め、六名の同分隊員と共に原告らを追尾した。
(八) このようにして、吉野哲哉と第二分隊員は、同日午前九時一二、三分ころ、本件職務質問現場である杉本三和三方前路上で原告らに追いつき、原告ら六名を包囲するような形で職務質問の態勢をとつた。
吉野哲哉は、まず原告らの先頭を歩いていた原告山本恵に対し、その行先や氏名などを尋ねながら職務質問を開始した。しかし同原告は、どこに行こうと自由であり答える必要はないと答えるだけでこれに応じようとせず、逆に同警察官の職務質問は違法であり、原告らに対する不当な弾圧であると抗議した。吉野哲哉は、同原告としばらくやり合つていたが、結局同原告には職務質問に応ずる意思がないものと判断して同原告に対する職務質問を断念した。そうして、北野友之に、浜中正夫を別の場所へ連れて行つて職務質問をするように指示し、ひきつづき第二分隊員と共に他の学生に対する職務質問を始めた。原告山本恵は、浜中正夫が他の場所へ連れて行かれそうになつたのを見て、仲間の学生に「ばらばらになるな。」と叫びこれを制止しようとした。
ところで、原告らは、この時原告山本恵が警察官に胸元をつかまれてあごを数回殴りつけられた(第一の暴行)と主張するが、原告の本人尋問の結果によつても第一の暴行の事実を認めることはできないし、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
(九) 原告山田理治は、傍にいた警察官(私服警察官か機動隊員かは明確ではない)から、行先、氏名、所持していた紙袋の中味などについて質問されたが、黙否してこれに応じなかつた。しかし、同警察官はさらに同原告に紙袋の中味を見せるよう要求し、同原告がこれを許諾しないのに、勝手に紙袋を取り上げ、中に入つていたヘルメットやタオル、ビラなどを紙袋から取り出して調べながら路上に散乱させた。同じく紙袋を所持していた江口和憲、棚木俊一も、この時、同様の方法で他の警察官から紙袋の検査を受けた。もつとも、被告府は、紙袋を所持していた学生らは、警察官の説得に素直に応じて、任意に紙袋の中味を取り出して警察官に示したものであると主張し、証人吉野哲哉の証言にはこれにそう供述がある。
しかし、証人棚木俊一、同江口和憲の各証言、原告山田理治の本人尋問の結果および前記認定のとおり原告らが一貫して本件職務質問に応じようとしなかつた当時の状況を総合して判断すると、警察官は、原告らの許諾を得ないで勝手に紙袋を取り上げて検査したとするのが自然である。
ところで、原告らは、この時警察官から身体検査をされたと主張し、証人江口和憲、同棚木俊一の各証言、原告山田理治の本人尋問の結果にはこれにそう部分があるが、これらは直ちに採用できないし、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
(一〇) 警備本部から職務質問の応援に当たるよう指令を受けた訴外新尾博司を班長とする第一採証検挙隊員一〇名が、同日午前九時二〇分ころ、本件職務質問の現場に到着した。吉野哲哉ら私服警察官は、新尾班長に対し、それまでの職務質問の結果によると原告らは、手製爆弾火炎びん、石などの危険物を所持していないことは認められたが、その行先や行動目的、住所、氏名などについてはなお不明であるので職務質問を継続する必要がある旨を告げ、以後の職務質問を同隊員に引き継いで本件職務質問現場を離れた。
(一一) 新尾班長は、直ちに同隊員らに、職務質問を継続するよう指示したので、同隊員らは、職務質問を開始した。なお第二機動分隊員らは採証挙隊員らの後方に位置し、その職務質問を援護した。
採証検挙隊の訴外塩見某は、原告山本恵に職務質問をしようとしたが、同原告は激しい口調で本件職務質問は違法であると抗議し、口論になつた。新尾班長は両者の身体が接近し緊迫した情勢になつたのを見て、同原告が公務執行妨害の行為におよぶおそれがあるものと判断し、証拠保全のため、採証検挙隊の写真担当員訴外竹内聚、同林正則に、右状況を撮影するよう指示した。同原告は、自分に写真機が向けられていることを知り、「肖像権の侵害だ。」と叫んで抗議し、顔をそむけて撮影されまいとしたが、数名の機動隊員に胸元をつかまれ、髪をひつぱられて無理やりに写真機の方に顔を向けさせられ、竹内聚、林正則に二ないし五メートルのところから数枚写真を撮影された。
この点について、被告府は、右撮影の際、警察官らは何らの強制力を加えていない旨主張し、証人竹内聚、同林正則、同新尾博司の各証言にはこれにそう部分があるが、これらは、直ちに採用することができない。
原告らは、この時警察官が原告山本恵に対し第三、第四の暴行を原告山田理治に対し第五の暴行を加えたと主張し、証人江口和憲、同棚木俊一の各証言、原告山田理治、同山本恵の各本人尋問の結果にはこれにそう部分があるが、これらは直ちに採用することができないし、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。
(一二) 原告らは、その後分離されて警察官らから個々に職務質問を受けたが黙否し続けてこれに応じなかつた。この際にも、原告らは、それぞれ写真撮影された。
(一三) 原告山本恵は、本件職務質問を止めさせようとして法律事務所へ電話連絡したが、警察官らは、このころ原告らに対する職務質問を打ち切つて本件職務質問の現場から引き上げた。
原告らが本件職務質問を受けていた時間は、約一五分間である。
三本件職務質問の違法性について
(一) 警察官が警察官職務執行法二条一項によつて行う職務質問は、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしいると疑うに足りる相当な理由のある者」に限られるのであり、しかも、被質問者は、警察官の職務質問に対し、答弁を強要されない(同条三項)。
従つて、警察官は、職務質問に名をかりて、同条一項の要件を具備しない者に対し執拗に質問をしたり、その答弁があるまで自由を拘束して答弁を強要してはならないと解するのが相当である。
そうして、職務質問をはじめた際には被質問者に同項にいう犯罪の合理的嫌疑があつても、職務質問を進めるうちにこれが解消すれば、警察官は、直ちに職務質問を終えるべきであつて、それを継続することによつて被質問者の自由を不必要に拘束し続けることが許されないのは当然の理である。
(二) ところで、本件についてみると、当時京都大学周辺では不穏な学生の動きがあり、原告らは警察官を避けようとする不審な挙動を示し、また内容のわからない紙袋を所持していたことから判断すると、これを追尾する吉野哲哉らが、原告らが火炎びん、手製爆弾、石などの凶器を携帯して京都大学西部構内の集会に参加しようとしているのではないかと嫌疑をかけ職務質問を開始したことは、それ自体適法なものであつたといえる。
しかし、吉野哲哉らは、原告らの携帯していた三個の紙袋を開披し、その中には凶器が入つていないことを確認し、原告らの服装が一般の学生と格別変つていないところから、凶器などをかくし持つていると疑える節もなかつたのであるから、この段階で、原告らに対する前記の嫌疑は解消したということができ、従つて、その後の第一採証検挙隊員らによる職務質問は、徒らに原告らの自由を拘束して答弁を強要するものでしかなく、この点で、違法の非難を免れない。
被告府は、原告らが黙否したためその行先、行動目的や、住所、氏名など人定的な事項については、何ら確認できていなかつたから、なお職務質問を継続する必要があつた旨主張するが、被質問者は、人定的な事項についても、答弁を強要されないし、本件では、すでに職務質問のできる場合の要件である犯罪の嫌疑がなくなつたことを看過してはならない。そのうえ、原告らは、警察官の職務質問に応ずる意思の全くないことが明らかになつた以上、職務質問では目的が達せられないのであるから、警察官としては、逮捕ができない場合は、速かに職務質問をやめて被質問者を自由にしなければならないのである。
四本件職務質問中に行なわれた所持品検査の違法性について
(一) 警察官が職務質問に際し、被質問者の所持品を検査するには、被質問者の任意の承諾を必要とすると解するのが相当である。もともと、職務質問は、任意のものであり、いかなる強制力も伴なつてはならない性質のものであることから当然そういえるのである。
(二) 本件についてみると、吉野哲哉ら警察官は、原告山田理治らに対しその所持する紙袋の開示を求め、同原告らがこれを拒否するとこれを取り上げて開披し、内容物を検査したのであるから、同警察官らの右所持品検査行為が違法であることは明らかである。
五本件写真撮影の違法性について
(一) 「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう、姿態を撮影されない自由を有する。」(最判昭和四四年一二月二四日刑集二三巻一六二五頁)そうすると、警察官が犯罪捜査のために本人の同意がなくても写真撮影が許容されるのは、現に犯罪が行なわれ、もしくは行なわれたのち間がないと認められる場合、現に罪を犯したと疑うに足りる相当な理由がある場合、および、犯罪がまさに行なわれようとしている高度の蓋然性のある場合で、しかも証拠保全の必要性と緊急性が認められてはじめて撮影ができるが、その撮影方法は一般的に容認される相当性を備えたものであることを必要とすると解するのが相当である。
(二) 本件についてみると、原告山本恵と、これを職務質問しようとした採証検挙隊員塩見某とが口論をはじめたことが、警察側の写真撮影の契機になつたが、この段階での警察官らの職務質問が違法であることはすでに説示したとおりであつて、もはや塩見某の職務質問は、公務執行妨害罪の対象として保護するに値しないものであるから、写真撮影による証拠保全の必要性は全くなかつた。
従つて、この写真撮影は違法なものであるばかりか、原告山本恵は、警察官らに胸や髪をつかまれて無理やり写真撮影されたのであるから、その撮影方法も相当性を欠く違法なものといわなければならない。
このほか、原告らは、この後にも、分離されて職務質問を受け写真を撮影されたが、この写真撮影も、全く理由のない違法なものである。
六責任原因
以上の次第で、警察官らの本件職務質問、その間に行なわれた所特品検査、写真撮影は、違法であるが、これらの行為は、警察官らの故意または過失によつて原告らに加えられたものであることは明らかである。そうして、警察官らが、被告府の公権力を行使する公務員であることは当事者間に争いがないから、被告府は、国家賠償法一条一項によつて原告らの損害を賠償する責任がある。
七損害について
(一) 慰藉料
原告らは、右警察官らの違法な職務質問や、所持品検査によりその自由を拘束されて肉体的精神的苦痛を受け、また違法な写真撮影によりその肖像権を侵害されて精神的損害を受けたことは多言を必要としない。
そこで本件にあらわれた諸般の事情を斟酌し、その慰藉料額は次のとおりきめるのが至当である。
原告山田理治 金三〇万円
原告山本恵 金四〇万円
(二) 弁護士費用
原告らが本件原告ら訴訟代理人に訴訟委任をしたことは当裁判所に顕著な事実であるから、原告らの弁護士費用の損害として、次の額を被告府に負担させることにする。
原告山田理治 金五万円
原告山本恵 金五万円
八むすび
原告山田理治は被告府に対し、金三五万円と、うち金三〇万円(弁護士費用をのぞく)に対する本件訴状が被告府に送達された日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四七年九月一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払が求められ、原告山本恵は被告府に対し、金四五万円とうち金四〇万円(弁護士費用をのぞく)に対する同日から支払いずみまで同割合の遅延損害金の支払いが求められるから、原告らの本件請求をこの範囲で正当として認容し、これをこえる部分を失当として棄却し、民訴法八九条、九二条、一九六条に従い主文のとおり判決する。
(古崎慶長 折田泰宏 高橋文仲)